恐山
1991年夏、私は恐山宿坊にいた。大学最後の夏、先輩、同期、後輩と四人で青森旅行に三泊四日で出かけた二日目である。恐山には三つ※1のお風呂があるが、いずれも外風呂。まるでこの世とは思えない異様な雰囲気の敷地内に点在している。そしてそれらはすべて混浴※2。あの世に男も女もないといったところか。(宿坊のトイレもすべて男女兼用。)恐山に泊まるような若者は私たちくらいだろう、と思って期待していなかったが、その日は違った。↓ やがてようやく最初の風呂小屋に着く。ちょっぴり期待して戸を引いた。すると...、その風呂には誰も入っていなかった。白い乳白色のかなり熱めの温泉が私達を待っていた。そこで体を洗い、旅の疲れを落としたあと、風呂に入ってくつろぐことで、ようやくその異様な空間の住人と化したのかもしれない。だいぶリラックスしてきた私達は、次の風呂を目指した。死後の世界たる殺伐した風景の中、一抹の恐怖感を背中に感じながら歩くその姿は、さながら三途の川へと迷いこんだ無邪気な死者の群れだ。↓
夕食で集まったときに、ちょうど私たちと同じくらいの学生風の女の子二人組みも泊まっていることがわかった。夕食後、開けっ放しのカーテンの外を彼女達がお風呂に出かけるのが見えた。しかし何故か私達は金縛りにあったように動かなかった。やはり彼女達とお風呂で鉢合わせしたらいけない、という純な心が暗黙のうちに生まれていたのだろう。それだけうぶだったのかもしれない。それでも10分ほど経ってから、ようやく4人で腰をあげる。下駄に履きかえ外に出る。このとき見た風景はいまでも鮮明に、しかしその一方でぼんやりと幻影のように、私の記憶に残っている。きれいな、しかしいつもと見ている側が違うのではないかと思える月が出ていた。月明かりのなか、大気は透明で、荒れ果てた灰色の地面のそこここから水蒸気があがっている。生き物の呼吸が感じられない妙に無機質な風景。自分だけ一人死後の世界に迷い込んでしたまったと錯覚するような孤独感。ここはどこなのだ?意識をしっかり保っていないと、ともすれば、異次元の世界へ吸い込まれていきそうな雰囲気。いや、そう思うのは人の心だけで、実は場の力など何も働いていないのかもしれない。虚無、これこそ虚無の世界なのか。私達はその世界に捧げられた供物と化しているよう。 次の小屋に到着。恐らく私が先頭で引き戸を開けた。と....、内側からも戸が開かれる感覚が...。なんと彼女たちと鉢合わせすることになった。彼女たちの髪は濡れ、体からは石鹸のいい香りがしてくる。なんともはや。ということは、彼女たちはつい直前まで目の前の脱衣所で着替えをしており、さらにそのもうすこし前には、全裸でお風呂に入っていたのだ...。さらにこのあと起ったことはとても皮肉っぽくていい。思い出す度に大いに笑える。再び風呂に入ってくつろごうとしていたのもつかの間、何と言うことだろう、今度はあれよあれよという間にあばさん達の群れが風呂に訪れた。彼女たちはまるで私達が存在していないかのように堂々とした物腰で、にぎやかに話をしながら、風呂に入り、体を洗う。そのパワーに圧倒され、言葉をなくした私達は、しばらくしてから一人また一人とその湯から退散した。このときはまだそれほど深く感じなかったが、時が経って振り返る度に、「ああ、もう少し早く行っていれば...」という思いは強くなるばかり。恐らくこの経験が、その後の私の混浴への憧れを増長し、あるいはトラウマとなり、失われた過去を求める記憶の中の旅人を形成したのであろう。後悔とは時が経つほどに大きく成長するものなのだ...。

※1もしかしたら4つだったかもしれない。一つだけポツンと離れていたような気がする。
※2この当時はすべて混浴だったと記憶している。
2002年秋、11年ぶりに再び宿坊を訪れた私たち(兄弟)を待っていた驚愕の事件とはいかに…?!(近日公開予定)