1997年1月31日(金)。遂にこの日が来た。初めての海外旅行!不安はほとんどない。期待がいっぱい。スーツケースに厚い上着を詰め込み、着替えの下着類を入れる。当日になって準備をするのがいつもの悪い癖。 交通手段もぎりぎりまで電車にするか、車にするか迷っていた。成田空港のホームページを見ると、3日以上の場合、1日毎に2100円で停められるとのこと。3日だと6300円。大きなスーツケースを持っているので車の方が便利なのだが、安全策と楽な方(最近は長距離の運転は疲れる)、 それに安い切符があるという弟の意見を尊重し、結局電車を選んだ。今回の旅の友は私の弟。弟は調布なので、新宿駅で待ち合わせることに。小田急線で新宿駅に行き、改札で早速PHS。街で待ち合わせするときには、PHSは本当に便利。 二人が近くになったら、トランシーバ機能を使えば、電話代もかからない。話をすると小田急デパートの本屋にいるとのこと。時刻はそろそろ12時。 集合時間は成田空港の出発ロビーに3時40分。まだまだ時間はある。本屋で旅の友を物色し、弟は香港の観光ガイドブック(これがあとで大活躍?することになる)と簡単な英会話の本を買い、 私は綾辻行人の「殺人鬼K」(新潮文庫)を買う。 次は昼飯。弟の案内で、重たいスーツケースを持ち、迷路のような通路を抜け、地下のうなぎやへ。お昼時でずいぶん混み合っていたが、 タイミングよく座れた。ほどなくうな丼が目の前に。きものお吸い物つき。安くておいしく大満足。 (実はここまでで一つ大きな失敗をしているのだが、このときはまだ知る由もなかった....。) 弟が金券ショップで購入してきたお得な切符を持って上野に向かう。上野公園の横にある京葉電鉄に着くと、タイミングよく成田行きの特急が待っていた。 席に座り一息つく。 ぽかぽか陽気の中、いつしか風景は田園に変わり、やがて終点の成田第二ターミナル駅に到着。改札を出るとすぐパスポートチェックが待っていた。なんとなく海外旅行の雰囲気が出てくる。 集合時間の10分前、4Fの出発ターミナルへ。 以前友人を迎えに到着ロビーに来たことがあったが、出発ロビーは初めて。そこは大きな荷物を持った人、人、人で沸き返っている。JTBの受付けで、航空券とバッジをもらい、空港使用料2000円を払い(これは何?)、 若干の説明を受ける。トランクを預けてから3Fで出国手続きを済ませるとのこと。今回のツアーは現地の添乗員しかいない。ここから香港までは独力でいかなければならない。 しかし海外旅行は初めて。手続きがよくわかっていない。完全に空港の雰囲気に飲まれていた。トランクを預けるため、言われた番号の列に並ぶ。前後を馬鹿でかいアメリカ人に挟まれ、並ぶこと30分。 やがて私たちが乗るキャセイ・パシフィックCX505の出国手続きを開始するアナウンスがある。 しかし列は一向に早くなる気配がない。乗り遅れたらどうしよう、不安がよぎる。ようやく並ぶ列を間違えたと気づいた。 どうやらアメリカ行きか何かの列に並んでいたようだ。 次は3Fで出国手続き。カードの書き方は旅のガイドに書いてあったので、記入コーナーで早速書き始めたが、香港の空港名がわからない。 思わず隣で若い女性のグループが書いている「啓徳空港」の文字を盗み見した。今回のツアーは現地に行ってみないとメンバがわからない。彼女達は飛行機が同じだ。 もしかしたら同じツアーかしら、と期待が湧く。 手続き完了。パスポートを取ってから3年と2ヵ月、ようやく刻印が押される。検査場を抜けるとそこは免税店が並ぶ通路。出発までまだ時間があるので、 夜飲むためのウィスキーのボトルと日本酒の1リットルパック、それにつまみを買い込む。 そうこうしているうちに遂に搭乗の時間がやってきた。 飛行機に乗るのは博多を往復して以来の3回目(それも会社の出張で)。自分の意志で乗るのはこれが初めて。席は後部右手の窓際の3席のうちの通路側2つ。 ちょうど主翼が目の前に見える位置。 やがてほとんどの人が席についたが、一番窓際の隣は依然空いている。と、そこへ一人のOL風の女性が通路を向かってくる。もしや?とまた期待がわくが、 彼女がすみませんと言った相手は、一つ前の列の老夫婦だった。残念。弟と二人して悔しがる。結局隣の席は誰も座らないまま、飛行機は動き出した。 いよいよ離陸。中央のスクリーンには地図と航路が表示される。ところが、この瞬間私は自分が大きな勘違いをしていたことにようやく気がついた。 実はこのときまで、香港は北海道くらいの緯度があると思っていた。 イメージで言うと成田から飛行機は左上に向かって行くものと思っていた。 そのため、トランクの半分には厚手のジャンパーを入れてきた。ところがスクリーンに映しだされた航路を見てびっくり。 45度くらいの傾斜で左下へ向かっていくではないか。 しかも緯度は台湾より南。このときになって初めて自分が南の国に旅するということを知った。事前にパンフレットや地図をみていたが、 それは香港やマカオの拡大地図であった。香港がどこにあるのかも知らないまま自分は飛行機に乗って、いままさに離陸しようとしているのだ。 次の瞬間、前途洋々?の滑り出しと南の国へ向かうというトロピカルな期待感で私は一人はじけた。たまらず声を出して大笑いした。 そして、今まさに夜のとばりが速度を早めて降りつつあるなか、加速度を増して主翼の後方へと疾走して行く滑走路を見ながら、童心に帰って心の中で、飛べ、飛ぶんだ!大空に羽ばたけ!(そして何故か)人類の英知を見せてみよ! と繰り返し叫んでいた。やがて主翼が浮き始め、約5時間の空の旅へ、そして初めての日本の外へと、私たちは旅立った。 飛行機が上空に達すると早速飲み物サービスが始まったが、あろうことか私達の列はスチュワーデスでなくスチュワード。 それも日本人ではない。おまけにあまり愛想がよくない。言葉が通じないと額に皺を寄せて反応する。 私達の番が来て、お酒を頼みたいのだが、すっかり動揺していて頭の中にはアルコールという言葉しか浮かばない。 つい本心とは裏腹に目に入ったオレンジジュースを頼んでしまう。お酒を期待していた弟からは冷たい視線が...。 通路を挟んだ夫婦を見てようやくビールとか白ワインとかを言えばよかったんだとわかる。弟の手前もあり、このままオレンジジュースで引き下がる訳にはいかない。 ちょっと図々しいかったが再び通りかかったスチュワードさんを捕まえて、改めてビールを2つ頼んだ。 飲み物の後は夕食。肉料理(ビーフ)か魚料理(フィッシュ)か選べ、私は肉を、弟は魚を頼む。飲み物は今度は白ワイン。 なかなかおいしいくて満足。お酒が回ってすっかり気分良く、音楽を聴いたり、スクリーンを見て過ごす。何か映画がやっていた。 やがて映画が終わり、電気が落とされる。いつしか眠っていたよう。だいぶ時間がたったような気がしたが、スクリーンを見ると航路はまだ半分くらい残っている。 またうつらうつら。ふと思い立って真っ暗な窓の外に目を凝らすと、以前と変わらない位置に主翼がある。下を見てみようと思い、窓際の席に移動した。 するとそこには、これまで見たこともない美しい光の風景が広がっていた。ちょうどどこかの半島と半島の遥か上空を飛んでいるのだが、 半島間にかかる美しい光の橋がゆっくりと、ゆっくりと後方へと流れて行く。これぞ高度1万2千メートルの光のページェント!是非弟にも見せてあげたい。 見てみろ、と言ってトイレに立つ。ゆっくりと用を済ませて戻ると、弟も感激したよう。だが、その後彼はこう言った。 「下を見ていたら、何か通ったよ。UFOじゃない?」 いよいよ着陸の時が近づいた。窓から下を見ると、まるで黄金を散りばめたような風景が広がっている。香港だ。これが香港か! 飛行機は徐々に右に旋回し、ほぼ180度Uターンする。着陸体勢に入ったとアナウンスが流れる。そのときふわっと身体が浮く感覚。 まるで遊園地のアクロバティックな乗り物に乗っているような落下感。わずかに機内がざわめく。 さらにもう一度。意地の悪いパイロットが、最後の最後にとっておきのいたずらをして喜んでいるような、そんな姿が目に浮かぶ。 高度の数値がみるみるうちに減少していく。ほどなく街の姿がはっきり見えてきた。 海には隙間もないくらいびっしりとオレンジ色の船が浮かんでいる。光の影から建物も姿を現わす。 まるで未来少年コナンや天空の城ラピュタに出てくるような密集度の高い町並み。 日本の団地を縦方向に二倍にしたような、高くて幅の広い建物。 視界の中で、それらがどんどん大きくなり、このままではぶつかると思うほど接近する。 窓から水平に横を見ると、建物の最上階が上に見えている。もしかして墜落?と思った瞬間、機体が地面に着く感覚。着陸した!わずかだが拍手が起る。 それから飛行機はかなり前進を続けた。やがて管制塔の光。その向こうには華やかなネオンの看板が見える。 日本を発つこと約5時間、私達は異国の地、香港に降り立った。 飛行機を降りるとすぐに入国手続き。入国カードは機内で記入済みなので、 あとは列に並んで自分の番を待つだけ。ところが、ここでも失敗が。 あと数人というところで列の流れが止まってしまったので、空いている左隣の列に移動したのだが、 番が来てパスポートを出すと、女性係員に一蹴されてしまったのだ。 なぜ?という顔をすると、英語で、香港人か?みたいに聞かれる。よくよく案内を見ると、 その列は香港在住者用の列だった。二人で恥ずかしい思いをしながら、 もう一度先ほどの列に後ろから並び直す。しかししばらくすると、 今度はそこを仕切っている係官らしき男がやってきて、 私たちのすぐ前に並んでいる西アジア系の二人連れに、左の列に行くよう誘導し始めた。 そんなぁ・・・、と思って彼らの番が来るのを見ていると、先ほどの女性係員はやっぱり拒否のポーズ。 今度は彼らがそんな・・・、という顔をする番。女性係員に説明し、彼女が係官に説明を求め、 やっと審査を受けれていた。ようやく私たちも審査を終える。無事入国。 預けたトランクを引き取り(一度はそっくりな別のトランクを間違って持っていこうとしたが)、 そのままノーチェックで、空港ロビーに。成田で指示された通り右側の出口へ向かう。 途中、気になっていたお金の交換所を発見。夜遅いのでもうやっていないと思っていた。 ガイドブックで見たほど交換レートは高くないが、ホテルの両替は安いということだし、 明日は一日市内観光でどこで交換できるかも解らない、 何より、香港はホテルやトイレでチップが必要とのことなので、 そのとき出せなかったらどうしよう、という強迫観念が強く、とりあえず両替することに。 1万円を出して用紙にサインし、600香港ドルを受け取る。 お金にうるさい弟は、やはりレートが気に入らないらしい。交換しなかった。 そこからすぐが出口。外に出ると生暖かい。やはり南に来ただけのことはある。 すぐに現地係員がバッチに気づいて流暢な日本語で、こちらです、 と案内してくれた。 全員が集まるまでしばらく待ってからバスで一路ホテルへ。メンバを見るとやはり年上の人が多く、 若い人は私たちを含めて数人。若い女性が3人いたが、いぜれも「お母さんといっしょ」状態。 バスが走り出すと早速現地係員のヒンさんが話を始めた。ホテルまでは15分くらいで着くとのこと。 とっても日本語がうまく、それ以上に口がうまい人で、ホテルまでの短い時間に何度も笑いをとった。 自己紹介のあと、部屋の鍵と食事券が渡され、今日これからの予定(と言ってもホテルの部屋に入って寝るだけだが)、 と明日の朝のスケジュールの紹介、モーニングコールの時間、朝食の時間、朝食はバイキング形式であること、集合時間、場所、 香港滞在中の基本的な諸注意、香港ではチップが必要なこと、朝出るときに枕の下に1人2香港ドルを置くこと、 香港ドルがなければ100円で構わないこと、トイレでもタオルを差し出す人がいたらチップをあげること、 エレベータは2階が1階であること、1階はGであること、人ごみに行ったらスリには注意すること、女性はバックを前に持つこと、 生水は飲まないこと、サービスでミネラルウォーターを各部屋に1本置いてあること、ホテルの冷蔵庫にあるお酒は高いこと、 お酒を買うならホテルの近くにあるセブンイレブンがいいこと、 などをウィットに富んで説明した。ツアー以外で何かあったらと言って、とポケベルと自宅の番号も教えてくれた。 私たちが3日間泊まるホテルは香港島にある。香港は日本より1時間遅いが、驚いたことに深夜0時近いというのに、 道路脇のバスケットコートで少年たちがシュートの練習をしている。交通量もかなり多い。香港ではまだまだ宵の口といったところなのか。 やがてバスは九龍半島から香港島に渡るための海底トンネルを抜けた。 最後にヒンさんは、まだ香港ドルを持っていない人のために1万円だけ両替をしてくれると言う。 レートはというと605香港ドル。空港より5ドルいい。弟に両替するように勧めたが、 例のガイドブックに紹介されている銀行のレートの方がいいと言って換えようとしない。 一日市内観光の合間にその銀行に行けるかもしれない、と言う。 困ったものだ、備えあれば憂いなしなのに、とこのとき冗談半分で思ったが、 まさかその憂えがあとで現実になろうとは...。
※たぶん私はここでも勘違いをしている。時差が日本より1時間遅れているのであれば、深夜0時ではなく、まだ午後10時のはず。
やがてホテルが見えてきた。トンネルを出て香港島を東へ向かった北角(ノースポイント)という場所。 通りの左手前方に見える「城市花園酒店」という赤くでかい看板がそれだという。ホテルが酒店とは知らなかった。 手前、通りを挟んだ向かい側に先ほど紹介されたセブンイレブンも見える。 バスは信号を左に曲がりホテルの正面で止まる。フロントロビーの派手なことと言ったら、赤と金のエクスタシーではないが、 絢爛豪華に飾りまくられている。広さはそれほどない、待ち合わせ用のソファが4、5個ある程度。 夜遅いのにもかかわらず、団体客が到着したからだろうか、活気にあふれている。 荷物を受け取り、そのままエレベータで12階へ。部屋に入ると、作りは日本のビジネスホテルのそれとほとんど変わらない。 窓際の小テーブルにミネラルウォーターが1本置いてある。窓から外を見ると、正面に長方形の広場らしきスペースを挟んで、 背の高い幅の広い集合住宅が見える。テレビをつけてみたが、どのチャンネルも映りが悪い。 さあ、何をする?明日のモーニングコールは7時。もう寝てもいいが、せっかくだから酒でも飲むか、という話になり、 例のセブンイレブンへ買い出しに行くことに。ホテルを出る。異国の地での初めての行動、通りを渡るだけでもちょっと緊張感がある。 歩きながら見ると大衆食堂らしき店が結構繁盛している。店の前には、生きた魚介類が所狭しと並べられている。 本当にここは眠らない街なのか?セブンイレブンに入る。店は狭い。それに日本のようにきれいじゃない。 ちょっと期待していたが、サンドイッチやおにぎり、弁当、パンなどはない。当然唐揚げ棒やコロッケもない。 きっとそんなものコンビニで売っても、買うのは私のような気の弱い日本人くらいなのだろう。 街のいたるところに安くておいしいものが溢れてかえっているのだから。飲み物を物色しているうちに、 若い男女のグループがやってきて、店はあっと言う間に一杯になった。通路も人が避けないと通れない。 広東語らしき言葉が飛びかう。結局その勢いに押され、彼らが出て行ってからようやくレジへ。 私は安いビールを2本、弟はミネラルウォータを買った。 ホテルの部屋に戻り、風呂でシャワーを浴び、二人で一杯やる。明日は一日市内観光だ。 そのうちベットに横になり、きっと一度に色々なことを体験して、思った以上に体が疲れきっていたのだろう、すぐに深い眠りに落ちた。

2日目に続く...。